あのころ年表

1981年(昭和56年)の出来事・流行

昭和56年

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1981
昭和56年

1981年のニュース

  • 昭和56年豪雪

    五六豪雪(昭和56年豪雪)は、1980年12月から1981年3月にかけて東北地方から北近畿までの日本海側を襲った記録的豪雪である。

    Wikipedia年別ページ写真: 福井県文書館 / CC BY-SA 4.0 / 出典
    昭和56年豪雪
  • 深海潜水調査船「しんかい2000」進水

    日本初の本格的な深海潜水調査船である「しんかい2000」が進水し、日本の海洋科学調査能力が飛躍的に向上しました。

    Wikipedia写真: nattou / Public domain / 出典
    深海潜水調査船「しんかい2000」進水
  • フランス大統領選挙でミッテラン社会党候補が勝利

    フランソワ・ミッテランは1981年にフランスの第21代大統領に就任し、在任は1981年5月21日から1995年5月17日であった。

    Wikipedia写真: Comet Photo AG (Zürich) / CC BY-SA 4.0 / 出典
    フランス大統領選挙でミッテラン社会党候補が勝利
  • エジプトのサダト大統領暗殺事件

    ムハンマド・アンワル・アッ=サーダートは1981年10月6日に死亡し、10月14日にホスニ・ムバラク副大統領が後継大統領に就任した。

    Wikipedia年別ページ写真: Press / Public domain / 出典
    エジプトのサダト大統領暗殺事件
  • 福岡市地下鉄空港線開業

    1981年7月26日、福岡市地下鉄1号線(空港線)の室見駅 - 天神駅間が開業した。

    Wikipedia写真: MaedaAkihiko / CC BY-SA 4.0 / 出典
    福岡市地下鉄空港線開業
  • 第五世代コンピュータプロジェクト提唱と調査開始

    プロジェクトは1981年に動き出し、京王プラザホテルで開催された第五世代コンピュータシステム国際会議(FGCS1981)で日本側の抱負が語られた。

  • 宇宙開発事業団による技術試験衛星IV型「きく3号」打ち上げ

    きく3号(ETS-IV、技術試験衛星IV型)は宇宙開発事業団が開発し、1981年2月に打上げられた。2月11日17:30にN-IIロケット1号機で種子島宇宙センターから打ち上げられた。

    Wikipedia写真: テレストレラッソ / CC BY-SA 4.0 / 出典
    宇宙開発事業団による技術試験衛星IV型「きく3号」打ち上げ
  • ロス疑惑 (三浦和義事件)

    1981年11月18日に三浦和義の妻・一美がロサンゼルスで襲撃され現金が奪われる事件が発生し、1981年から1982年にかけて三浦和義にかけられた一連の疑惑(ロス疑惑)が報道された。

    Wikipedia写真: 作者表示なし / Public domain / 出典
    ロス疑惑 (三浦和義事件)
  • ファミリーマート開業

    1981年、ファミリーマート開業。

  • 日本初の新交通システムが営業開始

    1981年、日本初の新交通システムが営業開始。

  • 神戸市でポートピア'81が開幕

    1981年、神戸市でポートピア'81が開幕。

  • 貴ノ花(初代)引退

    1981年、貴ノ花(初代)引退。

  • 「機動戦士ガンダム」放送

    1981年、「機動戦士ガンダム」放送。

  • チャールズ王子(英)ダイアナ妃と結婚

    1981年、チャールズ王子(英)ダイアナ妃と結婚。

  • テレビ新潟開局

    1981年、テレビ新潟開局。

  • ピンクレディ最終公演

    1981年、ピンクレディ最終公演。

  • ポーランド、厳戒令布告

    1981年、ポーランド、厳戒令布告。

  • ロナルド・レーガンが米大統領に就任

    1981年、ロナルド・レーガンが米大統領に就任。

  • 作家向田邦子が航空機墜落事故で死去

    1981年、作家向田邦子が航空機墜落事故で死去。

  • 千葉県船橋市に大型ショッピングセンターららぽーとオープン

    1981年、千葉県船橋市に大型ショッピングセンターららぽーとオープン。

  • 台風15号関東直撃

    1981年、台風15号関東直撃。

  • 常用漢字が定められる

    1981年、常用漢字が定められる。

  • 日本原電敦賀発電所で放射能漏れ事故

    1981年、日本原電敦賀発電所で放射能漏れ事故。

  • 伊東正義外務大臣の辞任参考

    伊東正義は鈴木善幸内閣で外務大臣に就任したが、1981年5月に外務大臣を辞任した。

  • アフガニスタン紛争におけるソ連軍の長期駐留化参考

    アフガニスタン紛争は1978年に勃発し、ソビエト連邦の介入を伴う戦争で、1981年には各種作戦や戦闘が記録され、同年の戦死者数などの記録もある。

  • イスラエルによるイラクのオシラク原子炉空爆参考

    1981年6月7日、イスラエルがイラクで建設中だった原子炉を爆撃する事件(イラク原子炉爆撃事件)が発生した。

  • スペースシャトル・コロンビア号の初飛行参考

    スペースシャトル・コロンビアは1981年4月12日に初のスペースシャトルミッションで打ち上げられ、スペースシャトル計画は1981年から2011年にかけて行われた。

  • ギリシャで社会主義政権が誕生参考

    1981年にギリシャは欧州共同体(EC)に加盟し、1980年代に全ギリシャ社会主義運動(PASOK)が選挙で過半数を確保して与党となり、社会主義政権が誕生した。

  • ニュージーランドでの南アフリカ代表ラグビーチーム遠征反対デモ参考

    1981年、スプリングボクスがニュージーランドへ遠征すると、ニュージーランド国民による抗議デモが警官隊との衝突に発展し、両国の対戦中にスタジアム上空から障害物が投げ入れられるなど混乱が広がった。

  • 鈴木善幸内閣の内閣改造 (1981年11月)参考

    鈴木善幸改造内閣は1981年11月30日に発足し、改造内閣として1982年11月27日まで続いた。

1981年の流行語

  • 『北の国から』

    『北の国から』(原作・脚本:倉本聰、主演:田中邦衛)は、フジテレビで1981年10月9日から金曜22:00枠で連続ドラマとして放送されました。

    Wikipedia年別ページ写真: Akiyoshi's Room / CC BY-SA 3.0 / 出典
    『北の国から』
  • ひょうきん族

    『オレたちひょうきん族』はフジテレビ系列で1981年5月16日から放送開始され、通称「ひょうきん族」「ひょうきん」と呼ばれたバラエティ番組である(1989年10月14日まで放送)。

  • ルビーの指環

    『ルビーの指環』は寺尾聰の5枚目のシングルで、1981年2月5日に東芝EMIのEXPRESSレーベルから発売され、同年3月30日付オリコンシングルチャートで1位を獲得した。

  • セーラー服と機関銃

    『セーラー服と機関銃』は赤川次郎の小説で、1981年に薬師丸ひろ子主演で映画化され、これにあわせて角川文庫版が刊行された。

  • ギンギラギンにさりげなく

    『ギンギラギンにさりげなく』は近藤真彦の4作目のシングルで、1981年9月30日に発売され、発売元はRVC(現:ソニー・ミュージックレーベルズ)です。

  • ぶりっ子

    ぶりっ子は、わざとらしい女らしさを演じることを指す語で、1980年代の流行語とされ、1981年には山田邦子のギャグなどで一般化しました。

  • ツッパリ

    1981年の音楽ではT.C.R.横浜銀蝿R.S.による『ツッパリHigh School Rock'n Roll (登校篇)』がある。

  • 校内暴力

    校内暴力とは学校内で行われる暴力行為を指し、1970年代後半から1980年代前半にかけて多数の中学校と一部の高等学校で発生した事例があるとされています。

  • イモ欽トリオ

    イモ欽トリオはバラエティ番組『欽ドン!良い子悪い子普通の子』から生まれ、シングル「ハイスクールララバイ」を1981年8月5日に発売しました。

  • 『窓ぎわのトットちゃん』大ベストセラー

    『窓ぎわのトットちゃん』は黒柳徹子の自伝的物語で、1981年に講談社から出版され、第5回路傍の石文学賞を受賞し、総発行部数は2500万部を超えギネス認定を受けている。

  • 大瀧詠一『A LONG VACATION』大ヒット

    1981年発表の大瀧詠一のアルバムで、その洗練されたサウンドとジャケットデザインがシティポップブームの象徴となった。

  • タケちゃんマン

    フジテレビのバラエティ番組『オレたちひょうきん族』は1981年5月16日に放送開始され、番組内の代表的なキャラクターにタケちゃんマンがある。

  • 土光臨調

    1981年に土光敏夫により第2次臨時行政調査会(臨時行政調査会)が発足した。

  • 国鉄再建

    1981年3月3日、国鉄再建法の施行令が決定され、地方路線建設の凍結や輸送密度に応じた路線区分・複数運賃制度の導入などが盛り込まれた。

    Wikipedia年別ページ写真: Japanese National Railways / Public domain / 出典
    国鉄再建
  • 漫才ブーム

    漫才ブームは1980年から1982年の短期間にメディアを席巻したムーブメントで、1981年にはザ・ぼんちの「恋のぼんちシート」が1か月で50万枚を突破するなどのヒットがあった。

  • ロス疑惑

    ロス疑惑とは1981年から1982年にかけて米国ロサンゼルスで起こった三浦和義にかかる一連の疑惑である。

    Wikipedia写真: 作者表示なし / Public domain / 出典
    ロス疑惑
  • 楽しくなければテレビじゃない

    1981年にフジテレビは「楽しくなければテレビじゃない」というキャッチフレーズを打ち出した。

  • なめ猫参考

    なめ猫は1980年代初頭の名古屋で生まれた、暴走族風の身なりをした猫のキャラクター企画で、プロデューサーは津田覚、数々の商品が作られました。

  • たのきんトリオ参考

    たのきんトリオは田原俊彦、野村義男、近藤真彦の3人からなるジャニーズ所属の男性アイドルで、1980年代前半に活動し、1983年8月28日に解散した。

  • 管理教育参考

    1980年代に校内暴力への対応策として強化された、生徒への画一的・厳格な指導体制を指す言葉。

  • ドンキーコング参考

    『ドンキーコング』は任天堂と池上通信機が開発し、任天堂レジャーシステムが日本で1981年7月に発売した業務用ビデオゲームで、マリオが初登場しました。

  • カフェバー参考

    1980年代に流行した、喫茶店とバーの中間のような業態を指す言葉で、若者の間で人気を博しました。

  • テクノカット参考

    1970年代末から1980年代にかけて、YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)の影響で流行した直線的で刈り上げが特徴的な髪型です。

1981年の音楽

  • 山本譲二「みちのくひとり旅」

    「みちのくひとり旅」は1980年8月5日に発売された山本譲二のシングルで、1981年にもヒットした山本最大のヒット曲である。

  • スネークマンショー アルバム『スネークマンショー』のヒット

    スネークマンショーは1975年末に桑原茂一と小林克也が開始したユニットで、1981年の音楽年表の年間TOP50に「スネークマンショー」が掲載されている。

  • 河合奈保子「スマイル・フォー・ミー」

    「スマイル・フォー・ミー」は河合奈保子のシングル曲として1981年の音楽項目に挙げられている。

  • 五木ひろし「人生かくれんぼ」

    1981年8月に五木ひろしがシングル『人生かくれんぼ』を発売した。

  • シャネルズ「街角トワイライト」

    『街角トワイライト』は1981年2月1日に発売されたシャネルズ(後のラッツ&スター)の3枚目のシングルである。

  • うる星やつら 主題歌「ラムのラブソング」

    「ラムのラブソング」は松谷祐子の楽曲で、テレビアニメ『うる星やつら』のオープニングテーマとして発表され、1981年10月21日にキャニオン・レコードから松谷の1枚目のシングルとしてリリースされた。

  • 西田敏行「もしもピアノが弾けたなら」

    「もしもピアノが弾けたなら/いい夢みろよ」は1981年4月1日にCBS・ソニーから発売された西田敏行のシングルで、作詞は阿久悠、作曲・編曲は坂田晃一である。

  • 岩崎宏美『すみれ色の涙』のヒット

    「すみれ色の涙」は1981年6月5日にリリースされた岩崎宏美の25枚目のシングルで、1981年の音楽項目や年間TOP50に掲載され最優秀歌唱賞を受賞している。

  • 奥飛騨慕情 - 竜鉄也

    竜鉄也の「奥飛騨慕情」は1981年の音楽項目に掲載され、竜鉄也は翌1981年に第32回NHK紅白歌合戦に出場している。

  • 第23回日本レコード大賞の開催

    第23回日本レコード大賞は1981年12月31日に帝国劇場で行われた。

  • 第32回NHK紅白歌合戦の開催

    第32回NHK紅白歌合戦は1981年12月31日にNHKホールで行われ、21時から23時45分にNHK総合テレビとラジオ第1で生放送された。

  • ハイスクールララバイ - イモ欽トリオ

    1981年8月5日にフォーライフ・レコードからイモ欽トリオのデビューシングル『ハイスクールララバイ』がリリースされ、オリコン7週連続1位・1981年度オリコン年間4位となった。

  • 風立ちぬ - 松田聖子

    「風立ちぬ」は松田聖子の7枚目のシングルで、1981年10月7日にCBS・ソニーからリリースされた。2004年に紙ジャケット仕様の完全生産限定盤12cmCDとして再発されている。

  • ピンク・レディーの解散

    ピンク・レディーは1981年3月31日に後楽園球場でのコンサートをもって解散した(1984年に再結成)。

  • ルビーの指環 (寺尾聰)

    『ルビーの指環』は寺尾聰の5枚目のシングルで、1981年2月5日に東芝EMIのEXPRESSレーベルから発売され、TBS『ザ・ベストテン』で11週連続1位を記録した。

  • 夏の扉 - 松田聖子

    『夏の扉』は1981年4月21日にCBS・ソニーからリリースされた松田聖子の5枚目のシングル(規格品番:07SH 977)である。

  • 沢田研二「ス・ト・リ・ッ・パ・ー」

    沢田研二の「ス・ト・リ・ッ・パ・ー」は1981年の音楽項目に挙げられている。

  • 第12回日本歌謡大賞の開催

    1981年に第12回日本歌謡大賞が行われた旨が記録されている。

  • 竹内まりや『PORTRAIT』発表

    『PORTRAIT』は竹内まりやの5枚目のオリジナル・アルバムで、1981年10月21日にRCAより発売された。

  • 坂本龍一『左うでの夢』発表

    『左うでの夢』(LEFT HANDED DREAM)は坂本龍一3作目のオリジナルアルバムで、1981年10月5日にリリースされた。

  • 伊藤つかさ『少女人形』のヒットと清純派アイドルとしての登場

    「少女人形」は1981年9月1日に発売された伊藤つかさのデビュー・シングルで、1981年の年間TOP50にも挙げられている。

  • 南佳孝「スローなブギにしてくれ (I want you)」

    「スローなブギにしてくれ (I want you)」は南佳孝の楽曲で、1981年1月21日にCBS・ソニーからシングルとして発売された。

  • 大滝詠一『A LONG VACATION』発表

    『A LONG VACATION』は大滝詠一のスタジオ・アルバムで、1981年3月21日にリリースされた。

  • 高中正義『虹伝説 THE RAINBOW GOBLINS』発表

    1981年3月10日に高中正義のオリジナルアルバム『虹伝説 THE RAINBOW GOBLINS』がリリースされ、7枚目のオリジナルアルバムにあたる。

  • 松本伊代のデビューと「センチメンタル・ジャーニー」

    「センチメンタル・ジャーニー」は1981年10月21日に発売された松本伊代のデビュー・シングルである。

  • 吉田美奈子『MONSTERS IN TOWN』発表

    『MONSTERS IN TOWN』は吉田美奈子の通算8作目のスタジオ・アルバムで、1981年11月21日に発売された。

  • サザンオールスターズ『ステレオ太陽族』発表

    『ステレオ太陽族』はサザンオールスターズの4枚目のオリジナル・アルバムで、1981年7月21日にレコードで発売され、発売元はInvitationである。

  • 中島みゆき『悪女』のヒット

    「悪女」は中島みゆきの11作目のシングルで、1981年10月21日に発売され、1980年代にオリコンチャート1位を獲得したシングルである。

  • 郷ひろみ「お嫁サンバ」

    「お嫁サンバ」は郷ひろみの38作目のシングルで、1981年5月1日に発売され、発売元はCBS・ソニーである。

  • チェリーブラッサム - 松田聖子

    「チェリーブラッサム」は1981年1月21日にCBS・ソニーからリリースされた松田聖子4枚目のシングルである。

  • まちぶせ - 石川ひとみ

    「まちぶせ」は荒井由実が作詞・作曲した楽曲であり、1976年の提供後、1981年に石川ひとみがカバーシングルを発売して石川の最大のヒット曲となった。

  • 白いパラソル - 松田聖子

    「白いパラソル」は松田聖子の6枚目のシングルで、1981年7月21日にCBS・ソニーからリリースされた。2004年に紙ジャケット仕様で再発されている。

  • 長い夜 - 松山千春

    「長い夜」は松山千春が1981年4月21日にリリースした10枚目のシングルである。

  • 中森明菜「スター誕生!」歴代最高得点記録

    中森明菜は1981年7月11日収録(8月2日放送)の『スター誕生!』本選で山口百恵の「夢先案内人」を歌い、史上最高得点となる392点で合格した。

  • 青い珊瑚礁 - 松田聖子

    松田聖子の2枚目のシングルで、1980年にリリースされたが、1981年のオリコン年間シングルチャートでも19位にランクインした彼女の初期代表曲。

  • ダンシング・オールナイト - もんた&ブラザーズ

    もんた&ブラザーズのデビューシングルで、1980年に大ヒットしたが、1981年のオリコン年間シングルチャートでも18位にランクインしたロングセラー曲。

  • 井上陽水 アルバム『あやしい夜をまって』リリース

    『あやしい夜をまって』は井上陽水の9枚目のオリジナルアルバムで、1981年11月21日にリリースされた。

  • 杏里 アルバム『哀しみの孔雀』リリース

    『哀しみの孔雀』は杏里の3作目のオリジナル・アルバムで、1981年9月21日にフォーライフ・レコードから発売された。

  • 吉田美奈子 - MONSTERS IN TOWN (アルバム)

    『MONSTERS IN TOWN』は吉田美奈子の通算8作目のスタジオ・アルバムで、1981年11月21日に発売された。

  • 君は天然色 (大滝詠一)

    「君は天然色」は1981年3月21日に発売された大滝詠一通算7作目のシングルで、アルバム『A LONG VACATION』収録曲である。

  • 原由子、初のソロアルバム『はらゆうこが語るひととき』をリリース

    『はらゆうこが語るひととき』は原由子の1作目のオリジナル・アルバムで、1981年4月21日にレコードで発売され発売元はInvitationである。

  • Dr.スランプ アラレちゃん 主題歌「ワイワイワールド」参考

    「ワイワイワールド」は『Dr.スランプ アラレちゃん』のオープニングテーマとして使用され、1話から第197話(1981年4月8日 - 1985年3月20日)まで主題歌として使われた。

  • なめ猫ブームと楽曲「なめんなよ」参考

    なめ猫は名古屋で生まれ1980年代初頭に流行したキャラクター企画で、1981年4月に写真集を発売し、同年に音楽関連のデビューが記録されている。

  • パープルタウン 〜You Oughta Know By Now〜 - 八神純子参考

    『パープルタウン 〜You Oughta Know By Now〜』は1980年7月21日発売曲で、八神純子は同曲で第31回NHK紅白歌合戦に初出場し、1981年には倉吉市のショッピングセンターのテーマソングに採用された。

  • 石野真子の芸能界引退発表参考

    1981年8月31日、石野真子が長渕剛との婚約・結婚のため芸能界を引退し、1983年に活動を再開した。

  • ひとり上手 - 中島みゆき参考

    「ひとり上手」は中島みゆきの9作目のシングルで1980年10月21日にリリースされ、1981年の年間TOP50に挙げられ、1981年発売のアルバム『臨月』の先行シングル曲となった。

  • 大貫妙子『AVENTURE』発表参考

    1981年5月21日に大貫妙子のアルバム『AVENTURE』がRVCから発売され、5作目のスタジオ・アルバムである。

  • スニーカーぶる~す (近藤真彦)参考

    『スニーカーぶる〜す』は近藤真彦のデビューシングルで1980年12月12日に発売され、1981年の年間TOP50にランクインしている。

  • 来生たかお『夢の途中』のヒット参考

    1981年の音楽項目に来生たかお『夢の途中』が掲載されており、同曲は来生たかおの楽曲およびアルバム『夢の途中』に収録されている。

1981年のテレビ

  • 『おんな太閤記』西田敏行の豊臣秀吉役

    1981年1月11日からNHK総合で大河ドラマ『おんな太閤記』が放送開始( - 12月20日、全50回)、出演に佐久間良子・西田敏行らが名を連ねた。

  • 『2年B組仙八先生』放送開始

    TBS系列で『2年B組仙八先生』が1981年4月17日から1982年3月26日まで毎週金曜20:00に放送され、主演はさとう宗幸、全45話で『桜中学シリーズ』の4作目とされた。

  • 『ザ・トップテン』放送開始

    1981年4月6日から日本テレビ系列で毎週月曜20:00に生放送で音楽番組『ザ・トップテン』が放送開始され、司会は堺正章と榊原郁恵が務めた。

  • ビートたけし、『オレたちひょうきん族』で人気を不動に

    1981年5月にフジテレビでバラエティ番組『オレたちひょうきん族』が放送開始し、ビートたけしは出演者として参加し『タケちゃんマン』等の企画で番組を代表する存在となった。

  • 連続テレビ小説『まんさくの花』放送開始

    連続テレビ小説第27作『まんさくの花』が1981年4月6日から10月3日までNHKで放送され、主演は中村明美であった。

  • 『同心暁蘭之介』放送開始

    『同心暁蘭之介』は笹沢左保原作を映像化した連続時代劇で、フジテレビ系列で1981年10月8日から1982年9月16日まで毎週木曜21:00 - 21:54に放映され、全45回、主演は杉良太郎である。

  • 連続テレビ小説『本日も晴天なり』放送開始

    『本日も晴天なり』はNHK連続テレビ小説第28作で、1981年10月5日から1982年4月3日まで放送され、全153回、主演は原日出子である。

    Wikipedia年別ページ写真: 江戸村のとくぞう / CC BY-SA 4.0 / 出典
    連続テレビ小説『本日も晴天なり』放送開始
  • 『ひまわりの歌』放送開始

    『ひまわりの歌』は1981年11月13日から1982年5月28日までTBS系列で放送されたテレビドラマで、大映テレビ・TBS制作、全27回、主演は宇津井健である。

  • 寺尾聰『ルビーの指環』の日本レコード大賞受賞

    『ルビーの指環』は寺尾聰のシングルで1981年2月5日に東芝EMIのEXPRESSレーベルから発売され、同年の第23回日本レコード大賞の大賞に選ばれた。

  • ザ・ドリフターズのコント職人としての健在ぶり

    ザ・ドリフターズは1960年代後期から1980年代前期にかけて『8時だョ!全員集合』などに出演し国民的人気を誇り、1981年2月18日には仲本工事と志村けんらが競馬のノミ行為で書類送検・謹慎処分となった。

    Wikipedia年別ページ写真: 撮影者不詳 / Public domain / 出典
    ザ・ドリフターズのコント職人としての健在ぶり
  • 第32回NHK紅白歌合戦の開催

    『第32回NHK紅白歌合戦』は1981年12月31日にNHKホールで行われ、21:00から23:45にNHK総合とラジオ第1で同時生放送され、関東地区で平均視聴率74.9%を記録した。

  • 『火曜サスペンス劇場』放送開始

    1981年9月29日から日本テレビ系で火曜21〜22時枠に2時間ドラマ枠『火曜サスペンス劇場』が放送開始され、長期にわたり継続した。

  • 欽ドン!良い子悪い子普通の子

    1981年4月にフジテレビで萩本欽一メインのバラエティ番組『欽ドン!良い子悪い子普通の子』が放送開始し、同年8月にイモ欽トリオがデビューして「ハイスクールララバイ」が大ヒットした。

  • チャールズ皇太子とダイアナ妃の結婚

    1981年7月にチャールズ皇太子とダイアナが結婚し、7月29日にNHK総合及び民放各局が結婚式を報道し、一部局は衛星中継で生放送した。

  • タモリの深夜バラエティ『今夜は最高!』放送開始

    『今夜は最高!』はタモリが司会を務めたトーク・コントバラエティで、日本テレビ系列で1981年4月4日から1982年4月3日(第1期)に放送された。

    タモリの深夜バラエティ『今夜は最高!』放送開始
  • 『熱中時代 刑事編』最終回

    『熱中時代』は1978年10月から1981年3月まで日本テレビ系列で放送され、水谷豊主演のテレビドラマとして同年3月に終了した。

  • 『池中玄太80キロ II』放送開始

    『池中玄太80キロ』パートIIは日本テレビ系「グランド劇場」で1981年4月4日から1981年8月29日まで放送され、脚本は松木ひろし、主演は西田敏行である。

  • 近藤真彦「ギンギラギンにさりげなく」のヒット

    『ギンギラギンにさりげなく』は近藤真彦の4作目のシングルで、1981年9月30日に発売され、発売元はRVC(現:ソニー・ミュージックレーベルズ)である。

  • 松田聖子「風立ちぬ」の年末ヒット

    「風立ちぬ」は松田聖子の7枚目のシングルで、1981年10月7日にCBS・ソニーからリリースされた(規格品番:07SH 1067)。

  • 薬師丸ひろ子「セーラー服と機関銃」が音楽番組を席巻

    「セーラー服と機関銃」は薬師丸ひろ子のデビュー曲で同名映画の主題歌であり、薬師丸のシングルは1981年11月21日にキティ・レコードから発売された。

  • 深川通り魔殺人事件の発生と報道

    1981年6月17日、東京都江東区森下二丁目の商店街路上で通り魔殺人事件が発生し、通行人4人が刺殺されるなどの被害が出た。被告人Kは翌年12月に東京地裁で心神耗弱として無期懲役判決を受けた。

  • スペースシャトル・コロンビア号の初飛行

    スペースシャトル・コロンビア(OV-102)は任務STS-1で初飛行を行い、初飛行は1981年4月12日から4月14日にかけて行われた。日本では打ち上げの模様を特別番組『スペースシャトル打ち上げ』で衛星中継した。

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    スペースシャトル・コロンビア号の初飛行
  • 北の国から

    『北の国から』(倉本聰脚本、主演:田中邦衛)はフジテレビ系の連続ドラマで、金曜劇場枠で1981年10月9日から1982年3月26日まで毎週金曜22:00 - 22:54に放送され、その後ドラマスペシャルが1983年から2002年まで放送された。

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    北の国から
  • ロス疑惑の勃発と報道

    1981年から1982年にかけて、ロサンゼルスで起こった銃殺・傷害事件に関して三浦和義にかけられた一連の疑惑は、報道の過熱化や被疑者に対する人権侵害、一事不再理の原則などの問題を投げかけた。

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    ロス疑惑の勃発と報道
  • 『クイズダービー』が週末のお茶の間を席巻

    『クイズダービー』は1976年1月3日から1992年12月19日までTBS系列で毎週土曜19:30 - 20:00に放送され、番組の最盛期は1979年から1981年で、1981年には番組の300回記念回がある。

  • 『笑ってる場合ですよ!』が若手芸人の登竜門に

    『笑ってる場合ですよ!』はフジテレビ系列で1980年10月1日から1982年10月1日まで帯生放送され、斉藤ゆう子、越前屋俵太、プリティ長嶋、ポップコーンなどを輩出し、1981年には水口昌彦が京都大学在学中に5日連続勝ち抜き11代目チャンピオンになった。

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    『笑ってる場合ですよ!』が若手芸人の登竜門に
  • 『スター誕生!』からの新人アイドル大量輩出

    『スター誕生!』は1971年10月3日から1983年9月25日まで放送された日本テレビの視聴者参加型歌手オーディション番組で、1981年には番組が継続して放送され、3代目進行役に坂本九・石野真子(1981年4月12日 - 1982年1月3日)などがあった。

  • 漫才ブームの最盛期

    漫才ブームは演芸界で1980年 - 1982年の短期間に漫才が各種メディアを席巻した動きで、1981年にはザ・ぼんちの「恋のぼんちシート」やB&Bの「恋のTake 3」などのシングルがヒットした。

  • 第23回日本レコード大賞の開催と注目

    第23回日本レコード大賞は1981年12月にTBS系で放送され(19:00 - 20:55)、大賞は寺尾聰の「ルビーの指環」であった。

  • 『翔んだカップル』テレビドラマ版の放送終了参考

    テレビドラマ版『翔んだカップル』はフジテレビ系で1980年10月3日から1981年4月10日まで毎週金曜19:00 - 19:30に放映され、全27回である。

  • ベテラン漫才コンビ横山やすし・西川きよしの貫禄参考

    横山やすし・西川きよしはかつて吉本興業に所属した漫才コンビで、1981年にもテレビ番組や単発番組で司会・出演するなど活動していた。

  • 島田紳助・松本竜介の全国的なブレイク参考

    島田紳助・松本竜介は吉本興業所属の漫才コンビで、1980年代前半の漫才ブームを牽引し、1981年には『オレたちひょうきん族』特番(5月16日放送)や同年の正月三が日の出演本数ランキングなどでテレビタレントとして人気絶頂に達した。

  • ザ・ぼんちのアイドル的人気参考

    1981年にザ・ぼんちはシングル「恋のぼんちシート」を発売し、売上約80万枚・オリコン最高位2位を記録し、同年全国7か所縦断コンサートを開催した。

  • タモリによる深夜番組の新しい開拓参考

    1981年4月、土曜23時枠でタモリ司会の音楽バラエティ『今夜は最高!』が放送開始され、一時中断を挟み1989年10月7日まで続いた。

1981年の映画

  • 『の・ようなもの』

    『の・ようなもの』は1981年の日本映画で、落語を題材にした青春群像コメディとして森田芳光の映画監督デビュー作として9月に公開された。

  • 深作欣二監督『魔界転生』の異色ぶり

    『魔界転生』は1981年6月6日公開、深作欣二監督・主演は千葉真一と沢田研二、製作・配給は東映の山田風太郎原作によるアクション時代劇である。

  • 『北斎漫画』

    『北斎漫画』は1981年9月12日公開の映画で、新藤兼人監督が矢代静一の戯曲を映画化し、製作・配給は松竹(配給は松竹と富士映画)、配給収入は4.2億円である。

  • さよなら銀河鉄道999 アンドロメダ終着駅

    『さよなら銀河鉄道999 アンドロメダ終着駅』はりんたろう監督による劇場版で、1981年8月1日東映洋画系で封切られ、配給収入11.5億円を記録した。

  • Dr.スランプ アラレちゃん ハロー!不思議島

    『Dr.スランプ アラレちゃん ハロー!不思議島』は、テレビでレギュラー放送していた1981年に東映まんがまつりで公開され、1981年7月18日に併映作品として高稼働を記録したアニメ映画である。

  • 駅 STATION

    『駅 STATION』は降旗康男監督、主演は高倉健で、1981年に公開された。公開記念として日本一周ブルートレイン「駅」号計画が発表された。

    Wikipedia年別ページ写真: PeachLover / CC BY-SA 3.0 / 出典
    駅 STATION
  • セーラー服と機関銃

    『セーラー服と機関銃』(相米慎二監督)は1981年12月19日に公開され、薬師丸ひろ子の舞台挨拶がファン殺到で中止となる騒ぎが生じるなどヒットした作品である。

  • ドラえもん のび太の宇宙開拓史

    『ドラえもん のび太の宇宙開拓史』は1981年の東宝配給作品で、公開時の配給収入は17.5億円を記録し、同年の興行ランキング上位に入った。

  • 劇場版 機動戦士ガンダム

    『機動戦士ガンダム』の劇場版は、1981年3月14日に東映まんがまつりで公開され、『機動戦士ガンダムI』は配給収入9.4億円を記録した。

  • ヴァンゲリス『炎のランナー』テーマ曲の社会現象

    『炎のランナー』は1981年の映画のテーマ曲をヴァンゲリスが作曲・制作したインストゥルメンタル曲で、多くのアーティストによりカバーされ、様々なテレビ番組やスポーツイベントで使用されている。

    Wikipedia年別ページ写真: Polydor Records / Public domain / 出典
    ヴァンゲリス『炎のランナー』テーマ曲の社会現象
  • ルイ・マル監督の『アトランティック・シティ』の評価

    『アトランティック・シティ』はルイ・マル監督による1980年の作品で、ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞し、翌1981年にはアメリカ合衆国で公開された。

  • デヴィッド・クローネンバーグ監督『スキャナーズ』の公開

    『スキャナーズ』(Scanners)はデヴィッド・クローネンバーグ監督・脚本の1981年のカナダ映画で、超能力者たちの闘いを描くSFホラー作品として出世作となり、特殊メイクにはディック・スミスが関わった。

  • 『007/ユア・アイズ・オンリー』のジェームズ・ボンド健在

    『007/ユア・アイズ・オンリー』はジョン・グレン監督の1981年のスパイアクション映画で、映画「ジェームズ・ボンド」シリーズ第12作目として製作された作品である。

  • 『泥の河』

    『泥の河』は1981年に木村プロダクションにより映画化され、小栗康平監督作として第12回モスクワ映画祭で銀賞を受賞(7月21日)。東映セントラルフィルムが配給した。

  • 『日本の熱い日々 謀殺・下山事件』

    『日本の熱い日々 謀殺・下山事件』は1981年公開の日本映画で、製作は俳優座映画放送、配給は松竹のモノクロ作品。第5回日本アカデミー賞で複数の優秀賞を受賞した。

  • 『エレファント・マン』の衝撃と感動

    『エレファント・マン』は1980年制作の英米合作映画で、デヴィッド・リンチ監督作。1981年にアボリアッツ国際ファンタスティック映画祭グランプリを受賞し、日本で興行収入一位を記録した。

  • 『マノン』

    『マノン』は1981年9月26日に劇場公開された日本映画で、原作はアベ・プレヴォーの『マノン・レスコー』。第24回ブルーリボン賞で助演男優賞(津川雅彦)と新人賞(佐藤浩市)を受賞した。

  • 『ニューヨーク1997』のディストピアSFアクション

    『ニューヨーク1997』(原題:Escape from New York)は1981年のアメリカ映画で、ジョン・カーペンター監督・カート・ラッセル主演の近未来SF作品である。

  • 『幸福』

    『幸福』(こうふく)は、1981年10月10日に公開された日本映画。監督は市川崑で、製作はフォーライフ・東宝映画の提携。併映作品は『アモーレの鐘』。

  • 『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』の空前の大ヒット

    『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』は1981年公開のアメリカ映画で、スティーヴン・スピルバーグ監督、ジョージ・ルーカス原案、出演にハリソン・フォードらがいる。初公開時の1981年最高興行収入を記録した。

    Wikipedia年別ページ写真: Josh Hallett from Winter Haven, Florida / CC BY-SA 2.0 / 出典
    『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』の空前の大ヒット
  • 鈴木清順監督『陽炎座』の公開と評価

    鈴木清順監督作『陽炎座』は1981年8月21日公開。製作はシネマ・プラセット、配給は日本ヘラルド映画で、キネマ旬報ベスト・テン第3位や日本アカデミー賞の複数部門受賞を記録した。

  • あしたのジョー2

    『あしたのジョー2』は1980年10月13日から1981年8月31日まで日本テレビ系で放映され、東京ムービー新社制作・全47話で放送された。

  • 青春グラフィティ スニーカーぶる~す

    『青春グラフィティ スニーカーぶる~す』は東宝製作・1981年公開の映画で、監督は河崎義祐、近藤真彦のデビュー記念作品としてたのきんスーパーヒットシリーズ第1弾に位置づけられた。

  • アメリカン・ポップ

    『アメリカン・ポップ』(American Pop)はラルフ・バクシ監督のアニメ映画で、1981年に北米で公開され、日本での公開は1996年である。

  • 隣の女 (La Femme d'à côté)

    『隣の女』(La Femme d'à côté)は、1981年公開のフランス映画で、監督はフランソワ・トリュフォー、出演はファニー・アルダンとジェラール・ドパルデューである。

  • マッドマックス2

    『マッドマックス2』(Mad Max 2、The Road Warrior)は1981年に公開されたオーストラリアの映画で、前作の続編として製作されたバイオレンス・アクション作品である。

  • 『スーパーマンII』の日本上陸とヒット参考

    『スーパーマンII 冒険篇』は1980年制作の作品で、1981年の日本の映画配給収入ランキングに名を連ねるなど日本でも興行の記録が残っている。

  • 『遠雷』参考

    『遠雷』に関して、1981年の受賞として主演男優賞に永島敏行、監督賞に根岸吉太郎が挙げられている。

  • 高倉健の1981年度主演男優賞受賞参考

    1981年の映画賞で最優秀主演男優賞は高倉健が『駅 STATION』で受賞している。

  • 松坂慶子の1981年度主演女優賞受賞参考

    松坂慶子は『青春の門』『男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎』の演技により、第5回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞やブルーリボン賞主演女優賞、報知映画賞主演女優賞を受賞した。

  • 劇場版 機動戦士ガンダムII 哀・戦士編参考

    『機動戦士ガンダムII 哀・戦士篇』は劇場公開作品として興行的に好稼働し、配給収入は7.7億円を記録した作品である。

1981年のアニメ

  • 『ダッシュ勝平』放送開始

    『ダッシュ勝平』はタツノコプロ制作で、1981年10月4日から1982年12月26日までフジテレビ系列で全65話が放送された。

    Wikipedia年別ページ写真: Noboru Rokuda/Shogakukan, Tatsunoko Production / Public domain / 出典
    『ダッシュ勝平』放送開始
  • 『ハロー!サンディベル』放送開始

    『ハロー!サンディベル』は東映動画制作のテレビアニメとしてテレビ朝日系列で1981年3月6日から1982年2月26日まで全47話が放送された。

  • 『黄金戦士ゴールドライタン』放送開始

    1981年3月1日から1982年2月18日まで東京12チャンネル→テレビ東京で、タツノコプロ製作のロボットアニメ『黄金戦士ゴールドライタン』が全52話で放送された。

  • 『ハニーハニーのすてきな冒険』放送開始

    『ハニー・ハニーのすてきな冒険』は水野英子の少女漫画を原作とし、1981年10月17日から1982年5月1日まで国際映画社・東映動画制作でフジテレビにて全29話が放送された。

  • 『タイガーマスク二世』放送開始

    『タイガーマスク二世』は梶原一騎原作の続編で、1981年4月20日から1982年1月18日まで東映動画制作によりANB(テレビ朝日)系列で全33話が放送された。

  • 太陽の牙ダグラム 放送開始

    『太陽の牙ダグラム』は1981年10月23日から1983年3月25日までテレビ東京で放送され、日本サンライズ製作のSFアニメで全75話である。

    Wikipedia年別ページ写真: SUNRISE / Public domain / 出典
    太陽の牙ダグラム 放送開始
  • うる星やつら

    高橋留美子原作の『うる星やつら』はフジテレビ系で1981年10月(水曜19時台後半枠)に放送を開始し、1986年3月19日まで放送された。

  • 若草の四姉妹 放送開始

    『若草の四姉妹』はルイーザ・メイ・オルコット原作のテレビアニメとして1981年4月7日から9月29日まで東京12チャンネル(現テレビ東京)で放送され、全26話である。

  • 戦国魔神ゴーショーグン 放送開始

    『戦国魔神ゴーショーグン』は読売広告社と葦プロダクション共同製作のロボットアニメで、1981年7月3日から12月28日まで東京12チャンネル→テレビ東京で全26話が放送された。

  • 新竹取物語 1000年女王 放送開始

    『新竹取物語 1000年女王』は東映動画制作のテレビアニメとしてフジテレビで1981年4月16日から1982年3月25日まで放送され、全42話である。

  • めちゃっこドタコン 放送開始

    『めちゃっこドタコン』は国際映画社制作のテレビアニメとしてフジテレビ系列で1981年4月4日から10月10日まで全28回が放送された。

  • 家族ロビンソン漂流記 ふしぎな島のフローネ 放送開始

    『家族ロビンソン漂流記 ふしぎな島のフローネ』は日本アニメーション制作の「世界名作劇場」第7作で、1981年1月4日から12月27日までフジテレビ系列で毎週放送され全50話が制作された。

  • まんが 水戸黄門 放送開始

    『まんが 水戸黄門』はナック(現:ICHI)制作のテレビアニメとして1981年9月3日から1982年7月15日まで東京12チャンネル→テレビ東京で全46話が放送された。

  • 六神合体ゴッドマーズ 放送開始

    『六神合体ゴッドマーズ』は1981年10月2日から1982年12月24日まで東京ムービー新社製作で日本テレビ系列にて放送され、全64話で構成された。

  • Dr.スランプ アラレちゃん

    『Dr.スランプ アラレちゃん』は1981年4月8日にフジテレビ系で放送開始され、鳥山明原作・東映動画制作のギャグアニメとして放映( - 1986年2月19日)。

  • ヤットデタマン 放送開始

    『タイムボカンシリーズ ヤットデタマン』は1981年2月7日から1982年2月6日までタツノコプロ制作でフジテレビ系列にて毎週放映され、全52話で構成された。

  • 新・ど根性ガエル 放送開始

    『新・ど根性ガエル』は吉沢やすみ原作の続編アニメとして1981年9月7日から1982年3月29日まで東京ムービー新社制作で日本テレビ系列にて全30話で放送された。

  • 名犬ジョリィ 放送開始

    『名犬ジョリィ』はフランスのセシル・オーブリーの作品を原作として1981年4月7日から1982年6月22日までビジュアル80制作でNHK総合にて全52話が放映された。

  • 百獣王ゴライオン 放送開始

    『百獣王ゴライオン』は1981年3月4日から1982年2月24日まで東京12チャンネル→テレビ東京で東映制作により全52話が放送されたロボットアニメである。

  • 銀河旋風ブライガー 放送開始

    『銀河旋風ブライガー』は国際映画社製作のロボットアニメとして1981年10月6日から1982年6月29日までテレビ東京で放送され、J9シリーズ第1作に位置付けられる。

  • 『おはよう!スパンク』放送開始

    原作:雪室俊一・作画:たかなし♥しずえの『おはよう! スパンク』はテレビアニメ版が1981年から1982年にかけて放送された。

  • アニメ専門誌『アニメディア』創刊

    『アニメディア』(Animedia)は学習研究社(現・学研ホールディングス)より1981年6月9日に創刊され、毎月10日発売の月刊アニメ雑誌である。

  • とんでも戦士ムテキング 最終回

    『とんでも戦士ムテキング』はタツノコプロ制作でフジテレビ系にて1980年9月7日から1981年9月27日にかけて放送され、全56話が制作された。

  • 宇宙戦艦ヤマトIII 最終回

    『宇宙戦艦ヤマトIII』は読売テレビ放送・日本テレビ系列で1980年10月11日から1981年4月4日まで、土曜19時 - 19時30分に全25話で放送されたテレビアニメである。

  • 『あしたのジョー2』最終回

    テレビアニメ『あしたのジョー2』は日本テレビ系で1980年10月13日から1981年8月31日まで放送され、全47話で日本テレビ系アニメとして初めて全話ステレオ放送された。

  • じゃりン子チエ TVシリーズ放送開始

    大阪の下町を舞台にした人情ギャグアニメ「じゃりン子チエ」のテレビシリーズが放送を開始し、その独自のユーモアと温かい描写で人気を博した。

  • 「キャプテン翼」の原作漫画人気とアニメ化への高まる期待

    1981年に高橋陽一の『キャプテン翼』が『週刊少年ジャンプ』で連載を開始し、連載中は少年少女に反響を呼び、後のアニメ化(1983年開始)につながった。

1981年のマンガ

  • うる星やつら アニメ放送開始

    『うる星やつら』は高橋留美子の同名漫画を原作とするテレビアニメで、1981年10月14日にフジテレビ系列で放送が開始され、初代シリーズは1986年3月19日まで全218話が放送された。

  • 講談社漫画賞少女部門: 『おはよう!スパンク』受賞

    『おはよう! スパンク』(原作:雪室俊一、作画:たかなし♥しずえ)は『なかよし』で1978年から1982年まで連載され、1981年度第5回講談社漫画賞少女部門を受賞した。

  • 『有閑倶楽部』連載開始と人気爆発

    一条ゆかりの『有閑倶楽部』は1981年に『りぼんオリジナル』春の号で連載を開始した。

  • 『ハロー!サンディベル』テレビアニメ放送開始

    テレビアニメ『ハロー!サンディベル』は1981年3月6日から1982年2月26日までテレビ朝日系列で東映動画制作により全47話が放送された。

  • 『童夢』の連載開始と大友克洋の新たな評価

    大友克洋の『童夢』は1980年から1981年にかけて雑誌連載が4回に分けて行われ、1983年に単行本として発行された。

  • ストップ!! ひばりくん! 連載開始

    『ストップ!! ひばりくん!』は江口寿史の漫画で、『週刊少年ジャンプ』において1981年45号から1983年51号まで連載された。

    Wikipedia写真: Hisashi Eguchi/Shueisha, Toei Animation / Public domain / 出典
    ストップ!! ひばりくん! 連載開始
  • ブラック・エンジェルズ 連載開始

    『ブラック・エンジェルズ』は平松伸二による漫画で、『週刊少年ジャンプ』において1981年から1985年まで連載された。

  • 週刊ヤングジャンプの新たな潮流

    『週刊ヤングジャンプ』は1979年5月17日に月2回刊『ヤングジャンプ』として創刊し、1981年に週刊化して誌名を変更した。

    Wikipedia写真: Shueisha, Inc. / Public domain / 出典
    週刊ヤングジャンプの新たな潮流
  • 『じゃりン子チエ』テレビアニメ放送開始

    テレビアニメ『じゃりン子チエ』は1981年10月3日から1983年3月25日まで東京ムービー新社制作でMBSにて全64話が放送された。

  • Dr.スランプ

    『Dr.スランプ』(鳥山明)は漫画作品であり、1981年4月には『Dr.スランプ アラレちゃん』としてアニメ化され、大きな反響を呼んだ。

  • 銀河鉄道999 漫画連載終了とアニメ・映画人気

    松本零士の『銀河鉄道999』は1977年から1981年にかけて少年キングで連載され、1981年9月に連載を終了した。

  • 『新竹取物語 1000年女王』テレビアニメ放送開始参考

    『新竹取物語 1000年女王』は東映動画制作で1981年4月16日に放映が開始され、フジテレビ系で全42話が制作された。

  • 『まいっちんぐマチコ先生』テレビアニメ放送開始参考

    『まいっちんぐマチコ先生』はスタジオぴえろ制作で1981年10月8日にテレビ放送が始まり、テレビ東京ほかで全95話が放送された。

  • 『浮浪雲』の長期連載と深み参考

    ジョージ秋山による漫画『浮浪雲』は作品名で刊行が続き、単行本では「速の巻」1981年3月28日発売、「還の巻」1981年4月28日発売などがある。

  • 『ガロ』誌を拠点とした実験的・前衛的漫画の発表参考

    1981年においても『月刊漫画ガロ』は、既成概念にとらわれない作家たちが実験的で前衛的な漫画を発表する重要なプラットフォームであり続けました。

  • 『のたり松太郎』の相撲劇画の傑作参考

    ちばてつやの『のたり松太郎』は作品単行本が刊行され、1981年には「よたりの松太郎!」(初版 1981年2月1日)「のたり、乱戦模様!」(初版 1981年9月1日)等がある。

1981年のゲーム

  • 『QIX』の独創的なゲーム性

    1981年、タイトーが業務用ゲーム『QIX』を発売し、日本でもヒットし、後の作品に影響を与えた。

  • 『スクランブル』のヒット

    1981年にコナミ工業が縦画面横スクロールシューティングゲーム『スクランブル』を開発した。

  • 『レディバグ』の迷路アクションと回転扉

    1981年末にユニバーサルが業務用ビデオゲーム『レディーバグ』を発売した。回転ドアを使ってドットを食べるゲームである。

  • 『ウィザードリィ』の日本での認知と影響

    『ウィザードリィ』は1981年に米国のサーテック社からApple II用ソフトとして発売され、日本では初期作品がドラゴンクエストシリーズやファイナルファンタジーシリーズなどに影響を与えた。

  • 『ルート16』の俯瞰視点カーチェイス

    『ルート16』はサン電子が開発し、1981年2月に岐阜特機が発売したアーケードゲームである。ファミリーコンピュータ用のシリーズ作品も存在する。

  • ゲーム&ウオッチ『ミッキーマウス』発売

    ワイドスクリーン版の『ミッキーマウス』は1981年10月発売で、日本初のミッキーマウスのゲーム化作品として紹介されている。

  • 『ディフェンダー』の日本における評価と影響

    『ディフェンダー』は1980年にウィリアムスが開発した任意横スクロールのシューティングゲームで、1981年にゲームオブザイヤーを受賞し、日本ではタイトーが輸入販売を担当した。

  • ゲーム&ウオッチ『マンホール』発売

    『マンホール』(MANHOLE)はゲーム&ウオッチの一作で、発売日は1981年1月27日、発売当時の価格は5,800円、ゴールドシリーズの一作目である。

  • エポック社 カセットビジョン発売

    1981年7月30日、エポック社がカセット式の家庭用ゲーム機『カセットビジョン』を発売した。

    Wikipedia写真: Evan-Amos / CC BY-SA 3.0 / 出典
    エポック社 カセットビジョン発売
  • ギャラガ

    『ギャラガ』はナムコが1981年9月に発売した固定画面型のシューティングゲームで、『ギャラクシアン』の後継作として登場した。

    Wikipedia写真: namco / Public domain / 出典
    ギャラガ
  • 『スカイスキッパー』の登場

    『スカイスキッパー』(Sky Skipper)は任天堂が1981年に発売したアーケードゲームである。

1981年の野球

  • パ・リーグ ベストナイン 遊撃手 石毛宏典

    1981年、石毛宏典は開幕から遊撃手、1番打者として出場し、最優秀新人(1981年)に選出されるとともに、ベストナイン(遊撃手=1981年)に選出された。

  • PL学園、春の選抜大会で示された強豪の片鱗

    1981年4月8日、第53回選抜高等学校野球大会の決勝でPL学園が印旛高校を2-1で破り、選抜大会初の優勝を果たした。

  • 印旛高校、選抜大会で準優勝の快挙

    1981年4月8日、第53回選抜高等学校野球大会の決勝で印旛高校はPL学園に2-1で敗れ、準優勝となった。

  • 日本ハムファイターズのパ・リーグ優勝

    1981年、日本ハムファイターズは大沢啓二監督のシーズンで、東映時代の1962年以来19年ぶりにパ・リーグ優勝を果たした。

  • 読売ジャイアンツがリーグ優勝・日本一

    セ・リーグは巨人のリーグ優勝が決定し、10月25日日本シリーズ第6戦で巨人が日本ハムを8-1で破り日本一を達成した。

  • パ・リーグ ベストナイン 捕手 柏原純一参考

    1981年、柏原純一はベストナインに選出され、同年はダイヤモンドグラブ賞にも選ばれた。

  • 張本勲選手の現役引退参考

    1981年10月31日、ロッテの張本勲が現役引退を申し入れ、松井静郎球団社長に了承された。

  • 原辰徳選手が新人王獲得参考

    1981年10月27日のプロ野球記者投票で、セ・リーグの最優秀新人に巨人の原辰徳が選出された。

  • パ・リーグ ゴールデングラブ賞 投手 山田久志参考

    1981年のダイヤモンドグラブ賞に山田久志(阪急)が選ばれた。

1981年のサッカー

  • 日本サッカーリーグ 1981 1部 優勝: フジタ工業

    日本サッカーリーグ 1981 1部でフジタ工業が優勝した。

  • 第61回天皇杯(1981年度) 優勝: 日本鋼管

    第61回天皇杯(1981年度)で日本鋼管が優勝した。

  • 東芝サッカー部、JSLカップ優勝

    1981年、大西忠生を監督に迎え、同年にJSLカップ優勝、1982年度にはリーグ2位となり再び入替戦に挑戦するが本田技研工業サッカー部に敗れ今回も1部昇格を果たす事は出来なかった。

  • 第30回全日本大学サッカー選手権大会の開幕参考

    第30回全日本大学サッカー選手権大会は1981年12月9日から12月12日に開催され、日本体育大学が優勝した。

1981年のファッション

  • 聖子ちゃんカットの全国的流行

    松田聖子は1980年にデビューし、『聖子ちゃんカット』と呼ばれるセミロングの髪型が全国の若い女性の間で大流行した。

  • 川久保玲によるコム・デ・ギャルソンの黒の衝撃(カラス族)

    コム・デ・ギャルソンは川久保玲が1969年に設立したブランドで、1981年にパリコレクションへ初参加し、1981年当時は「カラス族」と呼ばれる奇抜なファッションの若者が見られた。

    Wikipedia写真: 日本語版ウィキペディアのAkitoishiiさん / Public domain / 出典
    川久保玲によるコム・デ・ギャルソンの黒の衝撃(カラス族)
  • 山本耀司によるヨウジヤマモト、パリコレデビュー

    1981年に山本耀司はパリ・プレタポルテコレクションにデビューし、同年にYohji Yamamotoを開始した。

  • クラリオンガール 1981年: 長谷川由美

    1981年、クラリオンガールの長谷川由美。

  • ミス・ユニバース・ジャパン 1981年: 織作峰子

    1981年、ミス・ユニバース・ジャパンの織作峰子。

  • ウールコート流行

    1981年、ウールコート流行が流行した。

  • サーキュラースカート復活

    1981年、サーキュラースカート復活が流行した。

  • シェイプパンツ大ヒット

    1981年、シェイプパンツ大ヒットが流行した。

  • ブルゾン流行

    1981年、ブルゾン流行が流行した。

  • プレッピールック流行

    1981年、プレッピールック流行が流行した。

  • マリンスタイル

    1981年、マリンスタイルが流行した。

  • レッグウォーマー人気

    1981年、レッグウォーマー人気が流行した。

  • ロックンロール族原宿に出現

    1981年、ロックンロール族原宿に出現が流行した。

  • ロリコンブーム

    1981年、ロリコンブームが流行した。

  • サンエー・インターナショナル ブランド「Pinky&Dianne」開始

    1981年、元来は生地の卸売を専業としていたが、1981年に20代の女性向けブランド「Pinky&Dianne」を誕生させたことを契機としてレディスアパレルに進出し、その後「NATURAL BEAUTY」や「VIVA YOU」の他「JILL STUART」などの有名ファッションブランドを抱えるまでに成長する。

1981年の菓子・飲食

  • キャベツ太郎の発売

    キャベツ太郎はやおきんが1981年から販売しているスナック菓子で、製造は菓道が行っている。

    Wikipedia写真: Ocdp / CC0 / 出典
    キャベツ太郎の発売
  • 雪見だいふくの登場と新しいアイスの形

    雪見だいふくは1981年10月にロッテが日本で発売した氷菓で、薄い求肥でアイスを包んだ餅アイスとして発売されました。

    Wikipedia写真: 些細な日常 / CC BY-SA 4.0 / 出典
    雪見だいふくの登場と新しいアイスの形
  • 森永乳業「ピクニック」発売

    1981年4月、パック入飲料「ピクニック」発売開始。

  • アサヒ飲料「三ツ矢コーヒー」発売

    1981年10月、缶コーヒー「三ツ矢コーヒー」発売。

  • カンロ「健康のど飴」発売

    1981年、「健康のど飴」の販売を開始。

  • 「ガリガリ君」発売

    1981年、概要 / 1981年に販売開始。

    Wikipedia写真: Nissy-KITAQ / CC BY-SA 3.0 / 出典
    「ガリガリ君」発売

1981年のキャラ・玩具

  • アニメ『Dr.スランプ アラレちゃん』アラレちゃん人形の発売と人気

    1981年4月8日にアニメ『Dr.スランプ アラレちゃん』が放映開始され、キャラクター商品は空前の売上げを記録した。

  • Dr.スランプ アラレちゃんグッズの爆発的ヒット

    『Dr.スランプ アラレちゃん』は1981年4月8日からフジテレビ系列で放送され、アニメは高視聴率を記録し、キャラクター商品は空前の売上げを記録しました。

1981年のガジェット

  • パイオニア「レーザーディスク」発売

    1981年、パイオニアの「レーザーディスク」が発売された。

  • カシオ計算機「J-100」発売

    1981年、カシオ計算機の「J-100」が発売された。

  • ペンタックス「PENTAX ME-F」発売

    1981年、世界初のTTLオートフォーカス一眼レフカメラ「PENTAX ME-F」発売。

  • キヤノン「New F-1」発売

    1981年、キヤノンの「New F-1」が発売された。

  • キヤノン「NP-8500SUPER」発売

    1981年、毎分135枚の超高速複写機「NP-8500SUPER」発売。

  • 「FM-8」発売

    1981年、略称でFM-8(エフ・エム・エイト)、正式名でFUJITSU MICRO 8は、1981年に富士通が発売したマイクロコンピュータ(8ビットパーソナルコンピュータ)である。

  • 「オムニコード」登場

    オムニコード(Omnichord)は、1981年より日本の鈴木楽器製作所が開発・販売した電子楽器。

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